時間があるときの気分転換について
仕事、職場の人間関係などでストレスが溜まり、頭がモヤモヤすることがある。
そして、その頭のもやもやが頭にこびりついていつまでもそれを反芻し、気分が晴れない時がある。
それはちょっとまずいなと思い、リフレッシュ法を考えた。
まず、ちょっとやれば気分を変わるような気分転換方を25個リストアップする。
次に、5 × 5 = 25ますのビンゴカードを作る。
そして適当に、1から25までの数字をランダムで空欄に入れていく。
後は、ビンゴになるように気分転換法をこなしていく。
ビンゴになった時、頭から離れなかったモヤモヤしていたこ頭から少しだけ解放されている(気がする)。
今の25個のリストは下記の通りだが、たまに変えたりしている。
- コーヒーまたは紅茶を飲む
- 何回か深呼吸をする
- ベランダに出て外の空気を吸う
- 外で運動する(散歩程度)
- 湯船に入る
- ヨガまたはストレッチをする
- 身の回りの整理を少しする
- 目と肩を温める
- ヘッドマッサージをする
- マッサージャーで凝りほぐす
- 歌う(ただし、アパートなのでほどほどの音量で歌う)
- ゲームをする(1時間位)
- 青竹踏みを踏む(5分ぐらい)
- 映画を見る
- 丁寧にスキンケアをする
- 絵を描く
- AMSR動画を見る
- 歯を丁寧にケアする
- 換気をする
- アロマを垂らしてみる
- ちょっとだけ勉強する(ほんのちょっと)
- 音楽を聴く(クラシックだといろんなところから音が聞こえるので気分が変わりやすい)
- 電子タバコを吸う
- 皮製品を磨く
- 雑誌、画集、漫画、写真集、諸々の本を眺める
ちなみにわりと時間がかかるので、遅い時間に帰宅した時は、1つやって次の日に持ち越すことが多い。
リストアップすると、やることがあると認識できるので、無駄な思考が少し削れ、気分転換がしやすくなるのかなと思い試してみた。また、運要素を取り入れ、飽きないようにできるかなと思いビンゴカードにした。
ゴールデンウィーク中は暇なので、このビンゴカードをこなしてみようと思う。
休日の過ごし方について
自分は休日に行動することができない。
では何をしてるかと言うと、ダラダラしたり、部屋を片付けようと思ってずっとごろごろしている。
また、休みの日はずっとパジャマでおり、身支度も億劫である。平日なら朝起きて身支度をするが、予定がなくゆっくり出来る、そしてそもそも身支度がとても面倒と言うことで身支度せず、身支度しないので外に出ない。
では、休日に行動できるにはどうしたらいいのだろうか。
まずは、平日と同じように身支度をすることである。
そして、部屋をきれいに保つことである。掃除してから行動しようと言う思考回路がなくなる。また、整理整頓された状態であると、行動がしやすい。
行動ができる休日だと、行動しない日に比べていろいろメリットがある。
まずリフレッシュができる。そして話の種になる。1番大きいメリットは、「自分は何もしていないと言う罪悪感」がなくなる。
つまり、休日は行動できると自己肯定感が改善できる。
ただ、行動できない休日も悪くはない。休日は、平日の疲れのせいでダラダラしてしまっており、それはそれで良いことである。
行動できない休日も、別に悪い過ごし方ではないととらえることが大事だとおもう。
大人の自信
自分は、自信がなく、自信をつけてそれを軸に生きていきたいと思っていた( 特に大学生の時)。
結局それをつける事はできなかったが、自信についての自分の認識がちょっと違うのではないかと最近思った。
昔からつい最近まで、自信と言うのは他人から褒められるつけるものだと思っていた。もちろんそうだと思うが、この認識は言い換えると「自信は他人から与えられるものである」と言うことになる。自己肯定感の付け方とは真逆であり、この認識は恐ろしいものがある。
幼い頃から思春期まではこの認識で構わないと思う。実際周りの人間から自分の行動と努力を褒められて、自分の自信をつけ、大人になっていくのが好ましいだろう。
では、大人になっても自信がなく、自信をつけようと思っている人間がこの認識だとどうだろうか。承認欲求の塊とみられ、下手すれば周りから浮きかねない恐れがある。行き過ぎると、独りよがりになってしまうような気がする。
つまり、大人になってから自信をつけるには、子供の頃のように他人から褒めらて...というわけにはいかない。
大人は当然子供よりかは褒められる機会が少なくなる。そして褒められても何か裏があるのではないか、どのような意図で褒めているのだろうかと勘ぐってしまう。子供のように素直に言葉通り受け止めればそれでいいだろうが、それはそれで大人の人間として、組織の人として問題がある(周りからは世間知らずと思われがち)。
要は、自分の自信は自分でつけるしかないということである。
自分がどこまでできて、どこからできないか、何ができるのかということを把握しない限りは、大人になってから自信なんてつけようもない。
ということを、昨日の電車に乗りながらぼーっと考えていた。
そして、大人はなんて難儀なんだと思った。
「死にたい」感情と執着心
自分はしょっちゅう「死にたい」言う感情に駆られる。
ただこれは、本当に死にたいのではなく自殺したいのではなく、恥ずかしいとか消えたいの類の感情であり、ここ最近でこの区別ができるになった。
自分の感情を表す語彙の少なさにより、「消えたい」という感情を「死にたい」という言葉に無意識に言い換えていただけである。
ここ数日、私は精神的に調子が良かった。割と、物事を進める上で、精神的な抵抗感が少なかった。
そしてその感覚的には「自分のことがわりとどうでもいい」と言う感じで、少しの失敗でも「死にたい」と思う事は少なかった。
先日、ひょんなことでまた「死にたい」と言う感情がぶり返した。久々の死にたいと言う感情で気づいたのは、何かに引っ張られている感覚と、その何かに執着していると言う感覚に気がついた。
そして何に執着してるんだろうと考えたところ、自分自身、他人の感情、自分の感情の3つだと気がついた。この3つのものは、客観的に執着していてもどうしようもないものである。
精神的に調子が良い時は「自分がどうでもよい」(もう少し言えば、他人もどうでもよく、人の目を気にしなくなると言うことだろう)
精神的に調子の悪い時は「自分自身(感情)または他人に執着している」
という感覚の違いに気づくことができた。
つまり、執着心を手放すことができれば、死にたいと思うことも少なくなり、精神的にも良くなり人の目を気にせず行動的になるのではないかと思った次第なのである。
では、その執着心を手放すにはどうすれば良いだろうか。
まずはその執着している感情を自覚しなければ、対処のしようがない。(ただ、その自覚をすると以前より行動しにくくなるような気がする。)
自覚したら、とりあえずそれを手放し、川に流すイメージで頭の中で想像してみようと思う。
それが難しいなら、トイレットペーパーに執着していることを書き、水に流してみようと思う。(コロナウィルスの風評せいで手に入らないが)
正直こんなことで、手放せると思わないが、「自覚」ことが大事なのであり、自覚してしまった以上それを対処しなければならない、と考えている。
ちなみに、執着を手放すことについて書いた本を読んでみた。
負の感情が発生したら、
「〇〇さんはこういう感情を抱いている」(〇〇は自分の名前)
と頭の中で唱えてみようと思う。
これで、もし執着心を手放すことができるならば、かなり生きやすくなるのではないかと思う。
読書の必要性
ふと本を読んでいたら、なんとなく私にとっての本を読む必要性または効果に気づいた。先日勉強の必要性について記事を書いたが、それに通ずるものがある。
小説は自分の行動とその目的を自分の中で言語化してくれる時がある。もやもやがたまに言語化され解消され、気づきを得られる時がある。ちなみに、自己啓発本読んでいる時よりも、小説を読んでふと考えるときの方が気づきを得られやすいような気がする。
新書は「自分は何も知らない」という不安から一部分を好奇心と知識に変えてくれる。
自己啓発本の類は、自分のふがいなさから一時、目をそらさせてくれる。自己啓発本読んで行動が改善されなくても、メンタル的には多少効果があるような気がする。本読んで、それぐらいの効果があれば儲け物である。
自分が本を定期的に読むようになったのは、有り余る時間持っていた大学生になってからである。そこから今8年経とうとしているが、初めて本は自分にとって必要なものであることを認識した。
買ってよかったもの(1000円以下)
自分が買って良かったと思うものを健忘録としてここに書く。
今日は1000円以下の、買ってよかったものについて
<1000円以下>
¥327(1本あたり) (12本あたり¥3927)
大正製薬が販売している歯ブラシ。
高校生の頃大正製薬へ企業見学へ行った際にもらった時から使っている。
これを使うと、他の歯ブラシと比べて、歯の汚れが取れ、つるつるになったような気がする。色の歯ブラシを使ってみたが、これが1番私にとってしっくりきた。
欠点としては、ドラッグストアに売っていない。アマゾンでは売っているが、そのアマゾンですら数年前から単品売りはなくなっている。ちょっと手に入りにくい歯ブラシである。
モイストボタニカル 洗顔フォーム / unlabel(洗顔フォーム, スキンケア・基礎化粧品)の通販 - @cosme公式通販【@cosme SHOPPING】
¥638
この洗顔料は、同価格帯のものに比べて、とても泡立つ。そしてその泡がとてもモチモチしており、気持ちが良い。
洗顔の際には、手に触れず泡だけで洗顔すると良いと聞いたので、たくさん泡立ち、泡が濃密のものを探し、たどり着いたのがこれである。
とてもモチモチしているので、帰宅後に洗顔する時とても気持ちよくちょっとしたストレス解消になる。本当に気持ちが良い。洗顔後は、あまりつっぱらないのも良い点である。
ちなみに、これはアマゾンでは売っていない。ただし、その辺のドラッグストアにも売っており、値段も安いので、とても手に入りやすい。本当にオススメの洗顔料である。
¥924
洗顔つながりで、これも買って良かったと思う。
洗顔の際、何に悩むかと言うと、洗顔の手順である。顔を水に濡らし、洗顔料を手に取り泡立てて、顔を洗う。この洗顔料手に泡を立てているときに、せっかく顔を水に濡らしたのに乾いてしまのである。これは、それを解消してくれるものである。
洗顔の前に泡立ててことができるので、顔を水に濡らした後すぐにモコモコの泡で洗顔することができる。発明してくれた人ありがとう。
類似品はたくさんあるが、私は上の商品をドラッグストアで買った。毎日もこもこっとした泡を楽しんでいる。
勉強の意味
大学の同窓会誌に退職される先生のコメントが記載されておりこんなことが書かれていた。
「『調子の悪い時はね、君、勉強することだよ。昔、習ったことを振り返ってごらん。そうすると安心するだろう。それで心の安らぎが出てくるんだよ』」
要は、仕事で切羽詰まって不安になったときに、勉強すると、不安を少しでも少なくすることができるということである。勉強はストレス解消になり、不安に対する対処法として良い方法と言うことである。
これと同じような言葉に、武井壮さんも、「自分へのご褒美のために1日1時間以上は勉強する」とおっしゃっていた。
どうも私は、勉強という行動に罪悪感が湧いてしまう。
これは、小さい頃、私が宿題を提出しなかった子だったからである。
小学生中学生の頃はどうしても、自分の興味あることなどを勉強する(いわゆる自主学習)前に宿題をしなければならない。そして私は宿題が大嫌いだった。なので宿題は、怒られながらやるもので、自分がふと気になったことを勉強しても、宿題をやっていないからそんなことをする前にやるべきことをやってから(宿題)自分の勉強しろと言われた。
ただ宿題がとても苦痛だったので勉強も苦痛となってしまい、勉強することに対して罪悪感を持つようになってしまった。
宿題がなくなった今でも、勉強することに何か重いものを感じる。罪悪感のような、義務を果たしてないのに、といった感情が生まれる。仕事で時間があるときは、勉強をちょっとするようにはしているが、他の人が仕事をしているのに私は勉強してていいんだろうかと思ってしまう。(これは、自意識過剰であり、昨年の上司も勉強することも仕事に含まれると言っていた) ただ私は、あまり頭の具合が良くないので、勉強しないと周りについていけないと言う事情もある。
そういうことを考えていたが、昨年、実家に届いた同窓会誌を見て、勉強に対する考え方に対してはっとさせられた。
大学院生の頃、研究が進まない時に同じような経験をしたことがある(なお研究は進まなかった)。
勉強とは自分のためのものであって、他人に対する罪悪感など抱く必要も義務もないと気がついた。そして勉強とは、武井壮さんも言っていたが本質的に自分に対するご褒美であり権利であり、そこに負の感情はない。それを学校教育を通して義務として処理してしまったために、勉強に対して余分な感情を持ってしまっていた(しかし、宿題とは嫌な制度である、仕事終わりに宿題しろと言われたら仕事を辞める自信はある)。
これから、ご褒美として、自分の不安から逃れるためにも、勉強する楽しさをどんどん経験として重ねていきたいと思う。
余談
冒頭の大学の同窓会誌に書かれていた勉強についての言葉だが、実はもうその同窓会誌を捨ててしまっている。この言葉が印象に残っているが、どの先生がこの言葉をおっしゃったか、そこまではメモしていなかったので覚えていない。もし、この言葉に見覚えがある方は、先生の名前と所属学部を教えていただきたい(笑)